2016年12月10日土曜日

ドイツ・ローテンブルク訪問

  私が,エジプトの後に訪問した先はドイツなのです.
   日本国は第一期と第二期があり,皆さんで言う「時系列」においては,ルクソールやギザの遥か手前での訪問となるのです.

朝鮮人民共和国のように,一カ所の同意を取り付けるとその連合全てに適用できると常識のない考えの方々がおられるようですが,世界では通用しません.”韓国はお人よし”と言われる由縁です.

ローテンブルクの町並み
   さて,最初のドイツ訪問で訪れたのは,
「ローテンブルク」なのです.マイヤー(代表)に都市の現状を聞き,ローテンブルクの町を案内していただいたのです.

  ローテンブルクの困りごとは,「産業がなく町が疲弊している事」ということでした.
そこで,私は「時計に興味はないか」と尋ねると,「ぜひ,うちでさせてほしい」という話だったので,技術供与を行なったのです.
そこで誕生したのが,
「OMEGA」というハンドメイドの時計会社です.

  ドイツでは人気が出て,ドイツの伝統産業の一つとなったのです.それまでは,スイスのRolexくらいしかなく,時計は超高級品だったのです.
  勤勉なドイツ人のお陰で,世界に時計が普及し始めたのです.
OMEGAの作品
また,財政の管理法なども伝授し,ローテンブルクの財政は上向きになり,不良公務員が解雇され,町は発展したのです.
  私が御所に帰ると,紀宮は上機嫌,なんでも,ドイツから感謝状が届いたそうです.


(追記)DuitslandのRutenbrug(ローテンブルク)は,DouitsのRineの事なのです.
ラインラント地方と包括名称されてましたが,Rineがラインラントに屈したことはありません.
Rineの女王がGiat(ギアット)なのです.

ラインラントの領主とRineのGiat女王との紛争は,ラインラント紛争として有名でした.

ラインバンはマウゼルの方ですので,ドイツではなくフランスのRule(ルール)のギアットの方なのです.
ラインバンはスペインのカルヴァン家が目を付け,併合が模索されていたのです.
マウゼル教を改宗し,適正な教義(神のお陰でこの世が存在する)として再出発させ,スペインの国教とするつもりだったようです.