私の神名が「桓武」と「神武」なのです.神とは「推古」ですよ.
「推古」の印鑑は,卑弥呼の時に使用するのです. それ以外ではないのです.
「桓武」は天礼門院との関係があるのです.神の終わりを告げる神名なのです.中国の仕来りの月桂樹なのですが,死ぬ行く者に手向けるものなのです.
「神武」は新たな道を切り開く思いで名付けた神名なのです.歴史が私を必要としてくれているということで,期待に胸躍らせていた頃ですよ.結果は,嘘つきばかりの方々でしたが.
それはそうと,「門院」は日本国ですが,「社院」というものを作成してみました.大社のある匠のことなのです.
「大社匠」の冠にはないのです.だって,今の私が即興で考え,造ったものですので.
天理では把握できなくしてあるのです.もう歴史監視員としての価値すらない動物の方々ですので.私を神と認めてくれている人だけ訪れることがある土地となるのです.
「京」とは違う構成になっております.
「龍泉京龍泉天皇→神武(平安京)」 天照明神(建礼門院)とRotoChristとの出会い
ーーーーーーーーーーーージオンとお友達ーーーーーーーーーーーーーーーー
「桓武→平安天皇」 天礼門院 織田信長,御醍醐天皇
ーーーーーーーーーーーー天理の使節団ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「建礼院二条→杵築社院山陽天皇(神武)(龍泉京)」平安京平安天皇,神武帝
ーーーーーーーーーーー名古屋の使節団ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「龍泉天皇(推古)→天礼院山陽天皇(釼武)」天照大神,敦盛
「院」の制度と「京」の制度ですよ.
だから,院の制度の方が後だと思うでしょ・・ところが門院(ジオン)が先にあるのです.
なんで,あなた方が,神武の下にやって来る頃には,既に平安京が数千年の歴史があったと思ったのか?
だから「京」→「門院」→「院」の歴史順序ですよ.
「門院」
門を中心に敷地が広がる.枠は外ではなく内にあり.
外から内に入れない.内から外に出られるが,門が無くなり入れなくなる.
門院は時において存在せず,時間において存在するが神である.
「社院」
大社を中心に敷地が広がり,際限はないが(永遠だが),限り(有限)がある.
内の概念はあるが,外から内の概念が無く入れない.私がいるところが大社となる.
神しか無理な論理.
時における社院は,その時間にあった範囲.
「院」
院の人物を中心に敷地が広がり,限りがあり,有限である.
内の概念がなく,外の概念が内にある.だから,院の人の行動範囲が院の敷地となる.
院の敷地を維持するには,時間を引き延ばしながら,それを保持する必要がある.
時における院は,そこ(その人物)にあるのみ.
「京」
京とは陸地のことである.京は天皇を中心に広がり,天皇がいないと存在しない.
京は,時において神であり,時間において天皇である.
京都が時の土地に無い理由ですな・・神を神とされないから.
「龍泉天皇」・・・建礼院二条,天礼院山陽天皇
「平安天皇」・・・建礼院二条/高倉二条天座
「龍泉京天皇」・・高倉二条天座,天礼院山陽天皇
「山陽天皇」・・・天礼院山陽天皇/杵築社院山陽天皇
私の職名と押印のロジスティック.
※「社院」のような規定に無い概念の領地の,新しい制度を作る環境というのは,あなた方の環境論理にはありません! ですので,参考程度ですよ.
どのみち,神マシンで過ごしていくのではなく,下で人型固定ですのでね.