2018年6月2日土曜日

歴史が語る日本国の最後,平城京京都の登場

二つの出来事の共通点の五行印鑑
五行印鑑というのがあり,一つの事象変遷の一定点が真ん中の行なのです.
行とは修行という意味がある仏教用語.
左が過去,右が現在の状況を生み出した結果.(未来の結果というよりも,それを踏まえた現在点を示すのです.)

「烏丸通りのバードストライク,高倉通りでの切り捨て御免」
どちらもその後ある非行を切り捨てるためだったのです.
その共通事象が「四条烏丸,神武帝内閣廊」の始まりたる切り捨て御免だったのです.
現代によみがえる平城京の町並み・・

実際には一時的物理変化なのではなく,過去から歴史が変わり,文明が無くなった事を示しているのです.あなた方の今から行なっている選択とはこの事なのです.
魑魅魍魎の世界.

つまり,同じ変遷を嫌った方々,もしくはこれに乗じ天皇否定ができると考えた方々がもたらす,これからの結果なのです.
平安京の歴史の後に過去から突如現れた平城京・・京都や大津,滋賀の歴史研究家なら誰もが覚えている話.

「離宮の間」?聞いたことあるなあ・・帝の話では?
この辺りで思い出し始めるのですが,時既に遅しなのです.

四行印鑑
四行(しぎょう)印鑑と呼ばれるのですが,内部分裂を生んだ出来事であり,現在はその間の位置(2行目と3行目の間)になるのです.それ故に,現在が原因で死ぬ人は知らない話が左側に出てくるのです.
「じゃあ,無くなることがあるのではないのか?」 となるのですが,歴史としては存在したことがある出来事であるので,その頃の思い出がある場合,その人達が語り出す出来事でもあるのです.

龍泉天皇を示す四行印鑑
 推古としての龍泉天皇は,烏丸御池の誕生の話なのです.
私個人としては?となると,この平安京御池の京都御所の話なのです.
この印鑑の四行を見ると,経緯が誰もが分かるとなるのです.
建礼門院平安天皇の御所通りからの分線.
この後,過去からブチ上がる唐国京都での,高倉殿(高倉天皇(建礼門院))と二条様(二条天皇(天礼門院))なのです.
じゃあ,日本国京都って・・大津国際ですよ.その頃,私は神武帝・・
ついにバードストライクだったのです.

平安京京都と龍泉京京都

 龍泉京京都を嫌がる人は,必ず離宮の間を知らない人々なのです,つまり,自分たちが死んだから把握できない”未来”があり,それが認められないから,未来だから変えられるという宗教観念の方々なのです.急に神が分からなくなる方々ですな.
「現在が原因で過去から歴史が動く」 この事ですよ.
そもそも平安京京都の考え方を渋っていた神武が,急に御所通りで参加すると言い出した話.山科が沈み,平安京京都が過去に誕生なのです.だから,御所通りの設置に至ったという変遷となったのです.
既に発生してから「しまった」は手遅れなのです.だから,推古御座なんて否定できないのですよ.
天照御座(桓武)と離宮の間の私
推古正弦はご存知の通り,私が推古として過去に現れ,日本国の歴史となった話なのです.よう人に仕えることができないなんて言っていた方々が赤っ恥・・
天照明神の桓武と親子鷹と呼ばれるようになり,次に神武とも同じような事になり,
龍泉京日本国に嵐が吹き荒れたのです.山科御池となるに至った要因なのです.
ですので,この後のあなた方は龍風御所を知らないのです.

神武帝としての天丸印
帝(てい)は契印と呼ばれている楕円の印鑑なのです.
帝(みかど)は,実は天丸印を用いるのです.
どちらも伝統なのです.
「角棒印・丸棒印は天皇」としているのは,帝(てい)の陣営なのです.
天理は,「天丸印は公印(天使の印鑑),棒印は”個人”」の印鑑としているのです.
これは天理組織の仕事としているかどうかを示しており,天皇に対する天理の配慮である事を端的に示しているのです.
 上記の中で,棒印なのは,「平安京御池/山科京都/京都御所/龍泉天皇」の印鑑だけなのです.後は天丸印鑑となる案件.
私は「天理の力で天皇ではない」のです.それを天理自体が示しているのが印鑑の規定ですよ. 仕事の線引きがあり,天皇は天理団体ではない事(=個人である事)を示しているのです.