2017年1月29日日曜日

ポルトガルでの話

 日本国の天皇として,ポルトを訪問した,かなり後,現在のあなた方との住みたい環境作り契約上において,私,スペイン王家のカルヴァン家に身を寄せたことがあるのです.
 カルヴァン家は西欧と呼ばれる地域全土を掌握したのです.リスボンはスペインの首都.
リスボンから船で,ポルトによく出かけました.

 ポルトは坂が多く,移動が大変ですが,皆元気なので苦もなく登っていました.
時は経ち,ポルトが独自に私の確保に乗り出したのです.
ポルトの人たちはカルヴァン家を出し抜くつもりは毛頭無かったのですが,周りは,やっかみがあり,そうさせなかったのです.

 私がいた短い期間,ポルトガルは不毛の地から,穏やかな日々が訪れていたのです.
「ポート博覧会」「2階建てバス」「山間部の岩肌を抜ける鉄道」
ポルトの街は活気づいていたのです.

ポルトの街並み
BS紀行番組より

 ポート博覧会が近づくにつれ,看板を「神戸」とし始めたのです.
私は,言ったのです.
    「カルヴァン家を裏切ってまで,そんなことをする必要があるのか」
市長はうつむくしかなかったようでした.

 と,その直後,日本国の天皇としての私からの手紙が,過去の市長宛に届くのです.

あるべき状態点(神)が激変,

 私は,朝鮮人民共和国の唐国で子供の続きからだったのです.その延長線上には,須磨友が丘の岩谷真紀子との出会いなのです.
 ちょうど,その頃テレビでは,WBS2017のオープニングの頃だったのです.

WBS2017
斉藤芳子が登場するはずだった番組OP

 不毛の地に再び大自然が蘇り,大きな月が姿を現す.荒れ狂う星・・・アンダルシアの最後.
    その直後・・・
 現在の周回なのです,すなわち,これらの出来事に至る前の過去(須磨友が丘の岩谷真紀子に出会う・小谷真生子と再会・世田谷で塾講師などの前)なのです.
生命体は,先に,この先の未来の終わりを確定させたのです.

2017年1月24日火曜日

ドイツ・ハイデルベルクを訪問

 ドイツは国家連合なのです.その”連合”の意味のドイツ語が”Douits”なのです.
Deutscheはオランダ語なので注意してください.


Douitslandの国旗
ドイツと日本国の外交は,第二次世界大戦の影響で,立ち止まったままだったのです.

 本来,私との縁の深いハイデルベルクとの国交が先になるはずでしたが,敵方であるはずのローテンブルクとの国交が早まったのです.
 ローテンブルクのハンドメイドの腕時計「OMEGA」の噂が広まり,ハイデルベルクでは,何とも言えない空気が漂っていたそうです.




 「アイツらに従いさえしなければ」

 私は,モスクワ国際空港から列車を乗り継ぎ,ハイデルベルク入りしたのです.私が設置した,駅からのコミュニティバスが好評でした.

 「ああ,お久しぶりです,ローテンブルクの噂は聞いております.このバス路線も非常に好評でして・・・」
 「伊藤聡子さんともお知り合いだったのですね,実は,見てもらいたい物があるのです」
私は,城にある資料室に案内されたのです.ハイデルベルク大学の教授だったのですが!

 「これが,日本国と我々の外交の歴史なのですが,どうでしょう」
「ああ,合ってますね,私が天皇だった頃の資料です.ところで,今も天皇なのですが・・・」
「ええ,じゃあ,あの噂も本当だったのですね,大変失礼しました,市長にお会いいただけますか」

 市長室に案内され・・・ああ,聡子先生の親戚じゃないですか
「あああ,なんだ,やっぱりあなただったのですね」
「こうしてはおられん,すぐにイスラエルに帰るぞ,いやあ,頼まれたもので・・・メタニエフには言っておきます,それじゃあ」

 「ああ,やっぱり来られたのですね」・・・市長が登場.
「実は,頼み事なのですが・・・(名古屋討伐)」

在りし日のハイデルベルクの町中
この後,内乱が起きる

 だから,私は言ったのですよ,あなた方は,またしても私の力を借り,私のお陰で助かった途端,私を悪者にし,アイツ一人だけならで排除に乗り出す.
もう,私はあなた方を救うことはありません.過去から,日本国の援助がなかった頃に戻っていただきます.
それでは・・・

 私は,御所に帰り,紀宮にハイデルベルクとの国交断絶の書簡を渡したのです.





2017年1月15日日曜日

新年の祝い

 「新年の賜い,かくも清々にありて,ふさわしく,さにも有らざる,げに,深々たる新年に当たり,御霊の方々に,お慶びを授けん.」
 皆様への新年の挨拶としたいと思います.

 日本国は,平安京で私が建国した国なのです.
物理国家としても,名が世界でとどろき,日本国に移住したいという人が多数おられました.

 ところが,世の中には,国家乗っ取りを企てる,朝鮮人民共和国があり,入国審査が世界一厳しかったので,入国できた外国人は数少ないのです.

 平安京における新年とは,1/15の事なのです.今ある暦は意図的にずらされたものです.あなた方の1/15が新年なのです.
 元旦というのは,モンゴルの風習です.モンゴルでは新年に,お餅を食べるのです.その風習は,遠くの敦煌(敦賀)にもたらされ,伝統行事となっております.
モンゴルでも,敦煌でも,元旦は1/15の事です.

 亀は中国,鶴は新潟.実は,萬年歴と関係があるのです.繰り返す暦.
中国では暦が繰り返すことが知られており,繰り返す暦が,ズレ,同じ事をしている事に気づくように細工をするのです.それが,「うるう年」なのです.
 中国や新潟でも,新年は1/15なのですよ.新潟では凧揚げが流行ってました.中国では,池のある公園で,句を書いたりする風習があるのです.
 新年は祝うものではなく,迎えるものなのです.


 ところで,日本国を訪れた外国人が,
 「元旦を祝わないのか.」
 と,日本国の民家に何も飾り付けがないことに驚いて発した言葉です.

 私は説明したのです.
「新年の何がメデタイのか.何も変わらない.誰かの決めた風習に従うことが文化なのではない.」と.
 では,1/15の新年とは何なのか?
実は,この宇宙の紀元節なのです.

 天皇誕生日とは,あなた方との契約に基づく,天皇制が誕生した日なのです.
天皇は私.あなた方は,私の能力を無限無償の権利であるかのように立ち振る舞い,その起源(宇宙の誕生)を天皇誕生日としたのです.
 ですので,天皇誕生日は二つ存在するのです.

 ところで,御霊とは生命のことなのです.
「死んだ人」とは何でしょうか,人類のエゴなのです.エルドラド思想.
死して尚もあり続けようとする浅ましさなのです.
 「霊は存在するのか」の問いには,「神は存在するのか」と尋ねるのです.
では,霊とは何でしょうか.無いのです.あるのは神のみです.
 すなわち,御霊とは,今を生きている人たちの事なのです.

 「全ては神」は,イスラムの本来の教えです.神とは生命のことではありません.
ユダヤは,生命を神としながら,神はいないと言ったのです.自己の存在を分からない生命体.

 新年に当たり,生命の存在について,それぞれで考えてみてください.


 またまた,ところで,日本国で有名になったのが,テレビゲームと玩具なのです,私が天皇であったことの産物.
 奈良は日本国ではないのですが,朝鮮人民共和国に荷担するまでは,天理の影響で,玩具やテレビゲームが大流行だったのです.ファミリーコンピューターなんて,凄かったのですよ,ネット機能まで付いて.懐かしい思い出話です.



 

2017年1月1日日曜日

ユダヤ教とキリスト

 宇宙戦争が終結,この世は宇宙の闇に包まれていたのです.その人類を救い出したのが,私だったのです.
 私の弟子のルカは,自身の書いた福音書において,「宇宙の始まりは闇であった,そこに一つの明かりが差したのです.その光は瞬く間に我々を包んだのです.」と記したのです.

後に,「闇に光を」ルカの福音禄として,語り継がれたのでした.

 私は,生命に土地,食べる物,飲み物,着る物を与え,必要最低限,暮らしていけるだけの環境を授けたのです.
 ところが・・・数年たたないうちから,戦争が再び始まったのです.宇宙船にいた残党が,なだれ込んで来たのでした.私は,それを排除して見せたのです.
 私は言いました,「なぜ,あなた方は,自分たちを滅ぼした方々を,わざわざ呼び寄せたのか」と.

 すると,出たセリフは「救うのだったら,なぜもっと早く来なかった.お前なんか神ではない」

 再び,この世は暗黒に包まれたのです.生命は後悔し,この世に神がいないと生命は生きられない.その戒めを書き記したのです.それが,ユダヤが引き継いでいる「Bassara(福音書)」なのです.実は,キリスト教における聖書のことなのです.書き記された場所が「Israer(八咫烏の地)」なのです.
(聖書は,Israerでは黙示録,ユダヤでは福音書,キリスト教では聖書と呼ばれるのです.)


 「闇に光を」から,宝石箱の事をバサラと呼ぶようになったのです.
アラブのエルサレム王国の話.エルサレム王国は,実は,ユダヤ教の聖地なのです.

 ユダヤは,我々の土地を豊かにしてほしいと私に依頼しました.ところが,富ができ始めた途端,アイツを奴隷にしろという周囲の声に耳を傾け,私に人殺しの依頼をするようになったのです.

 自分たちの建国したIslaerとの戦争,Israelとの宇宙戦争,最後に十字騎士団として私を戦争に送り出し,招いた結果が,祖国の消失(過去のユダヤの国の消失)だったのです.
 嘆きの壁はその遺跡なのです.

 この歴史はいつ起きるのか,実は今日の後のあなた方の歴史なのです.
日本国にユダヤの関係者が来られたことがあり,お話しした事があるのです.

 「あなた方の未来は,あなた方の過去である」
 「なぜ,アサシンの関係者が来られたのか,あなた方(その場にはいないユダヤ関係者)は何も反省などしていないのです」と.

 ゲーム・アサシンクリードは,私のバサラ・キリスト伝説(実話)を題材にしたものです.
全て,あなた方の未来の姿なのです.
 この世になぜ宗教があり,教えがあるのかを考えてみてください.

騎士団として訪れたエルサレム王国
ユダヤ教会
当時の私の直筆の画
私はアサシン教団と永らくの付き合いとなっていたのです.殺し,戦争…憎しみが憎しみを生む社会,
私は殺す前に当事者に尋ねたのです.「なぜ,仲間を裏切ろうとしたのか」
 その連中の答えは,「この世に神はいない・・・」
アサシンだった私は「だったら,お前たちが招いた結果が神なのではないのか」と答えたのです.

 「この世に宗教は必要なのか」 私の重要な問いかけでした.

ユダヤは「宗教は神である」と言いながら,戦争に明け暮れたのです.
イスラムは「神に全てを委ねる」と言いながら,自我を押し通したのです.
仏教は他力本願,「私個人(神)の力を当てにしている」のです.

アサシン教団は,唯一,私が納得する解答を見つけ,答えたのです.
その答えを私は言いません.それぞれが考える課題なのです.

かくして,アサシン教団は,世界に秩序と安定をもたらしたのです.
「安心と平和を・・・」



 あなた方の大半は,「自分たちがもたらす結果がこそが神」.すなわち,「この世は天理,その結末こそが神」.
それこそが,あなた方が過去にもたらした,この世の終わりなのです.